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Ai_Tkgk's Soliloquy

音楽やカルチャーについて、気になることを気ままに書いています。

僕なりのアイドル初現場~7/8 BiS解散ライブ<BiSなりの武道館>~

ライブ

「BiS解散ライブ<BiSなりの武道館>」に行ってきました。 この解散ライブが僕にとってカノジョ達のライブを見る初の機会だったのですが、一見さん目線での感想を書きたいと思います。

■BiSの解散ライブに足を運んだ理由

そもそもこれまでアイドル現場に行ったことがない僕が、なぜこのライブを見に行こうと思ったのか。 「なにかと話題のアイドルグループの最後を目撃して話のネタにしたい」というミーハーな気持ちも勿論ありました。が、それだけで平日に仕事に折り合いをつけて参加するまでの動機にはなかなかなりえません。
じゃあ、そのハードルを飛び越えたのは何だったのか。 それはすごく単純なことで、日々Twitterのタイムラインに流れてくる解散ライブに向けたファン=研究員達(芸能人やミュージシャン含む)の熱心な呼びかけと、メンバー自身が「チケットが1万枚余っている。BiSの最後を見に来てほしい!」と涙ながらに訴えかける街頭演説動画を見て「ここまで必死なら見に行ってあげなければ!」と心を打たれたからです。

 

 

友人のholy氏。彼と出会わなければ、そもそもBiSに興味を持つことも、解散ライブに足を運ぶこともなかった。彼からは沢山CDを戴きました(笑)

 

 

■ライブはまるで震災前のBRAHMAN

結局仕事がなかなか片づけられず、会社を出て横浜アリーナについたのが19:20。 入口横の献花台に驚きつつ当日券(一般 \6,000)を購入。開演が17:30だったので、「あと1時間ないだろうなぁ」と思いつつ会場内に入りました。事前情報ではチケットが1万枚余っているとのことでしたが、いざ会場に入ってみるとびっくりするほどの人の多さ(8,000人程度入っていたそうです)。 僕の席はステージ正面のアリーナ後方だったのですが、周囲の雰囲気から見て、おそらく僕と同じように直前の呼び込み活動に心を動かされて来場した人が多かったんだと思います。 ライブ自体は様々なメディア(ナタリーbarksRealsound)でレポートが上がっている通り、文字通り「壮絶」なものでした。 公演時間にして3時間30分、ノーMCを貫き通して楽曲を次から次へと放り込んでの49曲・・・・・この流れはその場にいた誰も予想していなかったんじゃないでしょうか。僕自身、(アイドル現場は初にしても)ライブ自体は数えられない程行っていますが、いつまでも途切れることのないこのライブは全くの想定外でした。その証拠に21時頃に完全に動揺してるツイートをしています。

(結局ここからさらに30分近くやってるんですよね) 後半になればなるほど、メンバーはもう見るからに疲弊しているわけです。ダンスも歌もキレがなくなっていって、それでもふらふらになっても「最後まで走りきってやる」という気迫で身体を動かしている姿には圧倒され、どんどんと引きこまれていくものがありました。そしてその姿を見てある感想が湧きあがってくるわけです。

BRAHMANと言えば今でこそMCもライブのハイライトになっていますが、震災以前の彼らはMCを一切排除し、次から次へと矢継ぎ早に曲をたたみ掛ける・・・・・その勢いの渦に会場中が巻き込まれていく。そんな彼らのライブは、自分達・会場・観客との「タイマン試合」と評されることもありましたが、この日のカノジョ達のライブはまさにその当時のBRAHMANのライブを彷彿とさせました。 そして最後、カノジョ達の初期からの代表曲である「レリビ」→「nerve」では、会場の一体感も相まって、それまでただただステージを見ていた僕も気がつけば周囲のファンの見様見真似でこぶしを振り上げていた程に、渦に巻き込まれていました。

■解散ライブでBiSは「前例」という歴史を作った

デビューからここまで続いてきた一連の「BiS現象」(あえてこう読んでみます)を当事者ではなく傍目から、しかも時折見てきただけの僕にとって、カノジョ達に関して飛び込んでくる情報は、「全裸PV」「ハメ撮りPV」「スク水ライブ」「キャッチフレーズが”今揉めるアイドル”」「相次ぐメンバーの脱退と加入」と、奇を衒ったかのような過激すぎる活動の数々でした。そのひとつひとつが僕の持っている、いわゆる「アイドル像」とあまりにもかけ離れていて、カノジョ達がアイドルと呼んでいいのかどうかも「よく分からない存在」だったのが事実です。 一方で解散ライブ終了後に興味を惹かれ、様々なインタビューを読み進めた結果、カノジョ達は既存のアイドルに対して「アイドルとはなんだ?」という疑問を投げかけ続け、頂点を目指し、自分達なりの「アイドル」を提示し続けようと活動してきたということが分かりました。 かねてから解散ライブで「アイドルとして伝説になる」と発言をし続けていたカノジョ達は、これまで通りのやり方を貫き通して、まさにそれを実現したんだと思います。Twitter等では「最後の最後で普通だった」という声も目にしましたが、これって普通だったんでしょうか? 普通、アイドルのライブと言えば、次々に華やかな衣装に着替え、完璧なダンスと歌、そして愛らしい仕草で会場を魅了するものなんじゃないでしょうか?(愛らしいしぐさについては最近は一概に言えませんが) そして普通、解散(ラスト)ライブと言えば、これまでの思い出やファンに対する感謝を伝え、どうしてもMCが多めになるものなんじゃないでしょうか? カノジョ達は、敢えてそのどちらも選択しませんでした。「アイドル」の「解散ライブ」にも関わらず、MCをする時間を惜しみ、たとえフラフラになり完璧を表現できなくても、とにかくやれるだけの曲をやり続ける、汗を流して肩で息をして崩れ落ちる・・・・・アイドルとしては考えられないひたすらにフィジカルに訴えかけるライブです。多分こんな解散ライブをやったアイドルグループはこれまでなかったんじゃないかと思います。しかもライブ終了後には翌日に”元”BiSとしてワンマンライブ開催のアナウンスを行うという暴挙っぷり(笑) つまり、BiSはこれまでと同じくアイドルの誰もやったことのない奇を衒った方法で「前例」を作りました。言い換えれば、アイドルの解散ライブとして新たなフォーマットを作ったわけです。今後、たとえ同じことをするアイドルが現れたとしても僕らはこう言うでしょう。「でもそれって昔BiSがやったよね??」って。 これはもう、過去のアイドルにも、今現在トップを走る48Gにもももクロにもできないことです。巷では、「結局、伝説にはならなかった」という声もあるようですが、この後の誰もがカノジョ達の真似になってしまうという点において「伝説」になったと言えるのではないでしょうか。

ちなみにこの日、一番心に残ったのは友人・holy氏のこのツイートでした。

 

■アイドルとはストーリーである

アイドル好きの友人や知り合いのライターさん達からよく聞く言葉です。 僕は解散ライブというストーリーの集大成に立ち会いましたが、それまでのBiSのストーリーを全く追ってききていませんでした。 にも関わらず、感じ入るものが沢山あったわけです(当時のいきさつをほぼ知らないのに元メンバーが楽しそうに歌い踊る姿には涙腺が緩みました)。ということは、ストーリーを知っていれば言わずもがな、ですね。

「ストーリーを知ることで、楽しさが広がる」という楽しみ方、これまであまり深く考えたことがなかったのですが、とても面白いです。「アイドル戦国時代」と言われて久しいですが、それぞれのアイドルにはそれぞれのストーリーがあるわけで、それを知ることで傍観者から当事者に変容していく過程が本当に楽しいのかもな、なんて思ったり。 あとは、アイドルの現場って「一体感」がすごいな、と思いました。 まずは運営とファンサイドの一体感。今回、解散ライブということでファンサイドが自腹で献花台を会場外に設けていたり、曲中に会場内に飛ばすビッグバルーンを大量に用意したりしていたんですが、運営サイドがそれを許してるってところがすごいなぁと(「運営から許可もらってる」みたいな張り紙を見ました)。アイドルのライブってもっと規制でガチガチなのかという先入観を持っていたので結構びっくりしました。 次に、ファン内部での一体感。最近よく言われているロキノン界隈における「身内意識」とか「ムラ」的要素をあまり感じませんでした。こう、新規をあざ笑う古参みたいな雰囲気がないんですよね。僕の横の人、ものすごい古くからの研究員だったっぽいんですけど、色々歴史を横で教えてくれてアイドル初にボッチ参加だった僕としては楽しかったし、いい思い出になりました。結構ファン内部でもルールが守られてるんでしょうか。ロック系のライブで終了後によく見られる、いわゆる「マナー系」のツイートもほとんど見かけなかったです。 なんにしても、今回の締めくくりに一言。 アイドルって面白いな。